フキノトウ
香りと苦味に薬用効果
日が少しずつ長くなってきた。
春はもうすぐそこに来ている。
この季節、雪の間からひょっこり顔を出し、待ちわびた春の訪れを知らせてくれるものといえば、フキノトウだろう。
といっても「フキノトウ」という植物が存在するわけではない。
「フキ」の花芽部分がフキノトウである。なぜ「フキノトウ」か。
フキの頭の部分だから「蕗の頭」という説や、形が塔の九輪に似ているのでフキの塔の意からきている-----などの説がある。
◆メスはまずい
盛りを過ぎることを「トウが立つ」と言うが、これはフキノトウが伸びて(立って)花開くと、苦味が増し味が落ちることに由来している。
フキノトウの成長した姿であるフキはキク科の多年草で、わさびなどと同じ日本原産の植物だ。
雌雄異株で、オスの花は淡黄色、メスの花は白色である。
食べるとメスの方がまずいらしい。だが、うろこ状の苞(ほう)に包まれている間は区別なく、古くから食べられている。
「野菜園芸大事典」などには、フキはゴボウなどとともに最も古い野菜であるとされている。
「延喜式」(927年)にはすでに栽培に関する記述があり、同じころの「和名抄」に「布由岐(ふゆき)」、それ以前の「本草和名」(918年)に「布布岐(ふふき)」と記されているから、少なくとも平安時代にはすでに食されていたと思われる。
フキの語源には、古名の「フフキ」が転じてフキとなったという説や、冬に黄色の花が咲く「冬黄(フユキ)」の省略という説など、いろいろな説があるが、面白いのが国語学者の金田一春彦さんの説である。
ある時、長崎は対馬へ出かけた金田一先生。
あるお屋敷でご不浄を借りて驚いた。そこにはうずたかくフキの葉が置いてあり、下をのぞいたら使用済みのフキの葉が捨ててあったとか。
つまり、「フキ」はトイレットペーパーがない時代、用を足した後フキの葉で「拭いた」ことに由来しているのでは、というわけである。(「ことばの歳時記」新潮文庫)
◆冬眠から覚めたクマも
蕗の薹(とう)舌をにげゆくにがさかな 高浜虚子
フキノトウといえば、野趣あふれる香りと苦味が特徴。その独特の苦味を敬遠する人も多い。
だが、その苦味のもとクエルセチンやケンフェノールなどのポリフェノール類には新陳代謝を促し細胞を活性化させる効果や、肝機能を強化し、だるさや疲労を回復させる効果がある。
また、香り成分のフキノリドには整腸効果があり食欲を増進させる。せき止め、たん切りなど薬用の効果も高い。
俗に、冬眠から目覚めたクマは一番最初にフキノトウを探して食べるのだそうだ。
大妻女子大の大森正司教授(食品学)は「長い冬眠からさめたばかりで感覚が鈍っている体を覚せいさせ、胃腸の働きを整えてくれる。
もりもり食べて元気に動けるようになるための理にかなった行動です」と言う。クマはよく分っているのである。
◆旬のものとして珍重
「春苦味 夏は酢の物 秋辛味 冬は油と合点して食え」。
明治の食養家、石塚佐玄はこんな道歌を残した。
「春は苦いものを食べ冬の間に蓄えられた脂肪をやわらげ、夏は酢の物で食欲を増進させ、秋の辛味は夏場に緩んだ体に刺激を与え、いよいよ来たらん冬には皮下脂肪を蓄えなければならないので油分の多いものを、というように
四季のめぐりに応じて食べるのを変えなさいという知恵なのです」と、北大路魯山人に師事した
食物史研究家の平野雅章さん(74)。
「フキノトウの魅力は、やはり香りと苦味」と言い切る。
「懐石料理では『箸洗い』によく使われたり、『浮かし』と言って、刻んですまし汁に散らしたり。
昔から『春の料理には苦みを盛れ』という言葉があるが、フキノトウの苦みの中にはキク科特有の香りがあってまだ肌寒い春先にふさわしい味覚といえます。
主役にはなり得ないけれど、旬のものとして昔から珍重されてきた。フキノトウは、いわば春の使者ですよ」
◆大人の苦み
最もポピュラーな食べ方は、やはりてんぷらだろう。
作家の池波正太郎さんに愛された料理人、「てんぷら近藤」の近藤文夫さん(57)の元を訪ねた。
「あんなに小さいのに、香りよく春を告げるものはフキノトウのほかにはないですよね。春を呼ぶのになくてはならない素材です。雪が降った後、
2月から3月にかけて出てくるのが一番おいしい」
フキノトウはあくが強いが、近藤さんは「ゆでるより、油で処理した方が色が変わらずきれいです」という。
「てんぷらはにおいがこもらないよう、衣は薄めに。苦みが苦手な人はガクを開いて揚げた方が苦さが半減します。」
池波さんはフキノトウのてんぷらが好きだった。
評論家の山本健吉さんもフキノトウが好きで、雑炊の中にフキノトウを刻んだものを入れて食べていた。
俳人の水原秋桜子さんのお気に入りは田楽。近藤さんに「田楽の春随一や蕗の薹」という句を書きしたためてくれたという。
「作家や俳人など季節に敏感な方は旬のものを好みましたね。苦みを若い人は嫌がりますが、年をとるにつれ、なつかしく感じ好むようになるものです」
早速、揚げたてのてんぷらをいただいた。
中温のゴマ油でさっと揚げたてんぷらは、淡い緑の色鮮やかで、衣はサクッと歯ざわりがよい。
口に入れると春の香りがにおい立つ。
一口、二口かみ締めると苦みがジワリとやってきた。
ほろ苦き恋の味なり蕗の薹 杉田久女
文: 小松やしほ
平成17年2月14日 毎日新聞
トップページへ
|